【鎌倉観光散策ミステリーその2】生首を化粧して首実検?化粧坂切通し | ワクワク生きることを研究するブログ

【鎌倉観光散策ミステリーその2】生首を化粧して首実検?化粧坂切通し

Pocket

鎌倉7つの切通しの一つ、化粧坂(けわいざか)切通し。仮粧坂とも表記されています。
切通しとは、当時鎌倉と外部をつなぐ唯一の主要道として、山や岩壁を削って造られたものです。

今回の鎌倉観光散策ミステリーは、この化粧坂のちょっとこわーいお話をご紹介します。

これを読んで化粧坂切通しに行くと、益々ヒンヤリするかも。

目次
1.化粧坂切通しの場所
2.化粧坂について
3.由来その1.首実検説
4.由来その2.遊女説
5.化粧坂と仮粧坂はどっちが正しいのか?
6.まとめ

1.化粧坂切通しの場所

まずは、頼朝の墓がどこにあるか確認しましょう。

鎌倉観光

JR鎌倉駅西口をでて、徒歩15分程度にあります。
銭洗弁財天方面からですと、もう少し時間がかかりますが、西口線路沿いを進むと下からあがり、源氏山公園に向かうことができます。
その最短ルートをご案内しましょう!

鎌倉観光

まずは、鎌倉駅西口からいきましょう。

西口をでたらそのまままっすぐ100mちょっと進むと、交差点「市役所前」がありますので、そこを右折します。正面には、紀ノ国屋があります。
右手に線路をみながら、ぐいぐい進みます。

1キロちょっと進み、上記の分岐に到着しますので、そこを左折します。

こんな看板があります。あと300mです。

えっこら、上り坂を進むと・・・

化粧坂の下に到着です!!


到着!!

2.化粧坂について

化粧坂は、鎌倉7つの切通しの一つになっており、鎌倉八幡宮との位置からして、ここが戦場となったことは想像できますね。
鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞もこの化粧坂切通しから攻めたと言われており、結局突破することができず、干潮時に稲村ケ崎から侵入したと伝えられています。
当時の歴史的武将もこの化粧坂を行き来していたと思うと、歴史を感じますね。

それにしても、けしょうざかと書いて、けわいざかと読むのでしょうか?

これが、今回のちょっとこわいミステリーです。

3.由来その1.首実検説

昔、戦場から持ち帰ってきた武将の首に化粧をして、首実検をしたという説がです。
首実検とは、本当にその首が、武将の首かどうか確認する作業のことですね。
こわーいですね。

それで確認ができると、褒美をあげたそうです。

倒幕計画に参加して葛原岡神社付近で処刑されたとされる日野俊基の墓もすぐ近くにあることか信ぴょう性がありますね。

4.由来その2.遊女説

こちらの説はこわくないから安心してくださいね。
歴史書「吾妻鏡」によると、鎌倉で商売してよい場所の一つとして、
「乗(気)和飛坂山上(けわひざか」の名前があることから、この化粧坂一帯は、にぎやかな場所で、顔に厚化粧をした遊女たちが住んでいたと言われています。

5.化粧坂と仮粧坂はどっちが正しいのか?

化粧坂仮粧坂はどちらが正しいのでしょうか?
上記は、源氏山方面にむかう途中にある看板です。
鎌倉市教育委員会では、「仮粧坂」と記載しています。

一般的には、化粧坂で知られていますが、化粧のほうがミステリーっぽくていいですね。

6.まとめ

他にも、歴史書物には、化粧坂のことを木生坂形勢坂などと書き記されていたり、
憶測にすぎません。

これぞまさに、ミステリーですね。

鎌倉幕府として重要な役割をしていた七つの切通しからは鎌倉に侵入することは許さなかった場所です。特にこの化粧坂切通しは、新田義貞の攻撃を4日間、守り抜いたそうです。

これを読んで、ぜひ、化粧坂切通しに行ってみてください。
いつもと違う汗をかくかもしれませんよ!

【鎌倉観光散策ミステリーその2】生首を化粧して首実検?化粧坂切通し
この記事をお届けした
スポーツビジネス思考まとめの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!

シェアしていただけるとたいへんうれしいです

フォローしていただけるとたいへんうれしいです